フェアリング・サーガ<1.4>
- カテゴリ:自作小説
- 2010/10/15 22:26:53
<from 1.3> 目を開けると、事態は一変していた。照明は非常灯へと切り替わっていて、もと来た道は、隔壁が閉じ、床面に生じていた疑似重力が消えて、固定されていなかった物がふわふわとただよっている。この時初めて、ヴィンセントは事態の重大さに気付いた。 もしかすると、こっちは危険区域だったのではないか。だから、避難経路として表示がなかったのではないのか。と、悪い予感が脳裏をよぎった。しかし、いまさら後悔しても遅いのだ。先に進むしかない。と、必至でその考えを振り払った。 確かこの非常用通路は、他にもいくつかの施設へと通じていたはずだ。そのどれかを通じて外に出られるのではないか。そう考え、ヴィンセントは奥へと進んだ。 「誰か!誰かいませんかっ!!」 ヴィンセントはありったけの声を張り上げ、閉じた隔壁に向かって叫んだ。だがその叫びもむなしく、返ってくるのは木霊だけだった。 ヴィンセントは記憶を頼りに、出口を求めて複雑な非常用通路を回った。しかし、時間と共に、その浅はかな希望は、色褪せ、終いには潰えた。当初に向かう先だった経路を含め、非常用通路が接続するすべての施設へと通じるドアは、ロックされているか、開いたしてもその先の区画を隔てる隔壁が閉じていた。 ヴィンセントは漂うままに惰性に身を任せ、臥せった。 何時間たっただろう。のどの渇きと空腹は、とうに限界点を越え、意識がもうろうとし始めていた。初めは、何かと思った。微かに遠くで何か鳴っていた。幻聴だろうか。いや、違う。ヴィンセントは目を開いた。 音源を探ると、それは、沈黙していたはず非常用の通信端末だった。その呼び出し音が鳴っていた。ヴィンセントは壁を蹴って端末に飛び付いた。 『そこに誰かいるか。生きているのなら返事をしろ』 ヴィンセントは通話ボタンを押す。端末のディスプレイに白い髪の大きな瞳、ふっくらとした血色のいい頬。まるで少女の様な女性の顔が映し出された。 「良かっ、た! 繋が、た! 閉じ込められて、出られないんだ。早く、助けて、くれ!」 からからに乾いた口ではうまく喋ることもできず。やっとの思いでヴィンセントはそう言った。 『状況は把握した。名前は』 「ヴィン、せんと。ヴィンセント、だ!」 『わかった、ヴィンセント。私は、ヴァリスだ』と、彼女は名乗った『今いる区画番号を言え』 ヴィンセントはユニットブロックの番号を告げた。だが、その直後、金属がひしゃげる様なギギギギィという嫌な音おそがして、次の瞬間、通路の壁面アルミ箔の様にしわくちゃになり、迫ってきた。彼は通路ごと押しつぶされ、気を失った。 気が付くと、微かに光が見えた。しかし、その焦点は定まらない。全身を包む鈍痛。身体はまったく動かせない。通路ごと押しつぶされてしまったようだ。 光の中を影が動いた。それは段々と大きくなる。やっと、何か判別できた。あの女性だ。名前は、、、そう、ヴァリス。確か。 「遅、いよ。もう…、だめ、だ」 「生き残りたいか」と、ヴァリスは詰め寄ってきた。「助けてほしいか」 「死に、たく…、ない」と、ヴィンセントは、答えた「助ケ、テ。。。」 「了解した。その意志、その言葉、忘れるなよ。―――」 そこでヴィンセントの意識はそこで途絶えた。 気が付くと、ヴィンセントは病室ようなところで寝かされているようだった。身体は全く動かせず、感覚は無い。視線だけを動かす。傍らにはヴァリスが、あの声の主がいた。 「気がついたようだな」と、ヴァリスは顔を近づける。 見れば、ヴァリスはその厚顔に即す少女の容姿をしていた。 そして、ヴァリスは言った。新世界へようこそ。と。 ヴィンセントを耐え難い強烈な睡魔が襲う。かれはそれにあがなうことなく、その心地よさに身を任せた。そしてそのまどろみの中へ、夢の中の深みへと沈んで行った。
知っている限り最後と思われる隔壁が閉じているのを確認したヴィンセントは、失望と落胆に打ちひしがれた。隔壁にとり付き、力任せに閉ざされた扉を、引っ張り、叩き、蹴った。だが隔壁はその両側で標準大気と真空の気圧差があっても十分耐えられる構造だ。そんなことをしても無駄だとわかってはいたが、そうせずにはいられなかった。
扉を蹴った反作用でヴィンセントの身体は扉とは反対の方向へと飛んでいく。彼は、自分が閉じ込められたのだと悟った。水も、食料もない。空気は漏れ出していなければ持つだろうが、このままでは、持って一日だ。隔壁に備え付けてあった非常用通信端末も操作してみたが、繋がらなかった。送信装置が壊れているのか、反応を受ける相手がいないのか。救難信号は発信したが、いつ助けが来るかはわからない。絶望と恐怖が、彼を包みこんだ。
痛みと重みで息もできない。
<to be continued>