Nicotto Town



フェアリング・サーガ<1.2>

<from 1.1>

時間を迎え、通用口から中へと戻る。再び減圧室へ。扉が閉まると加圧され標準大気圧へと戻される。バイザ隅の外界圧力インジケータの値が標準大気圧へ。最後に外気が正常であることを確認し、スーツの気密を解いた。

無重力の状態から重力区画へ戻ると、短時間だったとはいえ、体重が重くなったような気がする。長時間いれば無重力による身体への影響、いわゆる宇宙酔いにもなるが、この程度の時間ではどうということは起こらない。

翌日の午前の講義が終わったころ、ジルバからのメールが届いた。内容は食堂で待っている、ということだった。

ヴィンセントは食堂へと教室を出た。エントランスから既に騒がしく、人の列ができ上がっていた。それに並んで中へ。Aランチを選択。列の終わりで配膳を受け取った。

「こっちだ。ヴィンセント」

きょろきょろ探していると、ジルバの方が彼を見つけた。

「混んでるなぁ」

「昼時はいつもこんなもんさ」

ジルバは慣れ親しんだという感じで、奥へと進んでいく。二人は開いている席へ。

「さて、ニアに会うチャンスだが、ポートブロックからエントランスに戻ってくるところを抑えるのが一番確実だな」と、ジルバ。

ポートブロックはこの施設最下層にある。ポートブロックへ至る経路は複数あるが、通常はエントランスからの直通エレベータを使う。

「自宅に向かったほうが確実じゃないの」

「調べではニアは、ここの女子寮に住んでる。しかし、部屋にいるとは限らんし、あそこは入って待ち伏せできるような所じゃない。それに入り口も一か所じゃない」

「なるほど。でも、なんでポートブロックから戻ってくると」

「それもちゃんと調べた」ジルバは、皿の肉にフォークを突き刺す。「ニアは今日朝から操船実習に出てる。航行予定コースはこいつ。戻ってくる予定時刻はこれだ」

ジルバはヴィンセントの視野上に情報をアップロード。

「じゃあ、この実習が終わった時間くらいにエントランスにいればいいんだ」

「そのとおりだ」と、ジルバは皿の残りを、駆け込み、昼食を平らげる。「じゃあ、俺は先に行くぜ。また時間にな!」

水を飲み干したジルバは席を立ち、人ごみに消えた。時刻を確認すると、もうほとんど余裕がない。話し込んでいるうちに、時間が経ってしまっていた。慌ててヴィンセントも残りを平らげ、席を立った。

あまり身の入らない講義を終えて、ヴィンセントは時間通りにエントランス・ホールへとやってきた。ロビーのベンチに座って待つこと数分、ジルバがやってくるのが見えた。

「まだ来てはいないようだな」と、ジルバは時刻を確認し、ヴィンセントの隣に腰を下ろす。

それからは、下から上がってくるエレベーターが到着する度に、出てくる人ごみを注視した。その何度目かに、ジルバが、「いた、あれだ」と、告げた。

ヴィンセントは、ジルバの指差す先に視線を向ける。

ニア・シルフィールは少し赤みがかった色素の薄い金髪を短いクールカットにしていた。翡翠の様な青緑色の瞳、目尻は細く切れ上がって、猫の目に近い感じ。全体的にほっそりした顔立ちに細くつんととがっている外耳と鼻立ちが、まるでよく切れるナイフのような印象を与える。正直言って、怖い。整っているが、表情にまったく変化は無く、愛嬌と言うものがあるのだろうかと思えるほどの冷徹で威厳のある無表情。ポーカーフェイス。

目があったのだろう、彼女はその切れ味抜群の視線をこちらに向けた。しかし、そのまま行ってしまおうとする。

間をおいて、慌ててヴィンセントはそのあとを追った。

「すみません」と、ヴィンセントはエントランスの出口手前で追い着き、彼女に声をかける。

ニアは立ち止まって、ヴィンセントを振り返る。後ろからは、ジルバが彼に追いついた。

「何か私にご用」と、ニアはそっけない事務的口調で応対する。

「おれは、ヴィンセント・ベルファイン。以前はノアベータに。あなたはニア・シルフィールさんでしょ。カレッジにいた」

「そうだ」と、ニアの視線がヴィンセントを射ぬく。これはヴァリスといい勝負かもしれない。
「ふむん。ノアベータの生き残りか。そこのドラグノフといい、ヴァリスは何を企んでいるのやら。お前もヴァリスの連れ子なのだろう」

「ヴァリスを知っているのか!」

興奮が、その恐怖心を打ち破る。まさかその名が彼女の口から出るとは夢にも思わなかったからだ。

「無論だ。私も(ジルバを指して)そいつも、そしてお前も、ヴァリスが生きながらえさせた。させられた、というべきかもな。だからこそここにいる」

ヴィンセントがジルバを振り返ると、彼もまたあっけにとられていた。

「お前も、あのちっこくて、白い髪の、妙に大人ぶって、偉そうな」

ジルバは、ジェスチャーで、その容姿を体現して見せる。それはヴィンセントの知るヴァリスと一致していた。


<to be continued>




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