Nicotto Town



フェアリング・サーガ<1.0>


ここへきて、ヴィンセントの故郷における標準時間で約1カ月が経過しようとしていた。

しかし、ここには昼と夜という体感的な時間経過はない。管理システムのスマートクロノグラフによって活動周期が設定されているだけだ。そこは地表ではなかった。

あの日シフターに乗り込みヴァリスと向かった先はリフト・シャフトだった。

地上から低軌道まで、人員、物資を運搬する標準的軌道エレベーター。

それは超高層建造物と言うより、惑星に突き刺さった細い管の様にも思える。故のリフト・シャフトなのかもしれない。

シャフトのステーションポートの待合室で、発着便のインフォメーションを聞きながらヴィンセントはヴァリスから定期シャトルの搭乗コードを渡される。

「おまえはこれに乗り、これから渡たすマップデータの場所へ行け。後で迎えに行く」

「一体何なんだよ。急に現れて、こんなところまで連れてきて。きみはどこへ行くんだよ。なにを企んでいるんだ」

「じきにわかるさ」不敵な笑みを浮かべ、ヴァリスは席を立つと手に収まる大きさの白いカードをヴィンセントに放る。「では健闘を祈るぞ」

回転して飛来するカードをキャッチ。ヴィンセントはこれと同じ笑みを、いつか見たことがある気がした。

カードは小型の情報媒体だ。ヴァリスの言ったマップデータ、指示など、触れるだけで情報を読み出し閲覧することができる。

「待てよ。おれも一緒に」

だめだ。と追いかけようとする。ヴィンセントをヴァリスは制す。

「それはできない。おまえにはそこへ行く以外の選択肢は無い」ヴィンセントは胸が熱くなるのを感じた。鼓動が急激に加速する「わたしに逆らえば、契約は解消される。その意味は言うまでもなかろう」

ヴァリスの蒼い瞳が輝く。ヴィンセントはその命令に逆らうこと許されなかった。

やっとのことで、わかったよ。と言うと、心拍数は下がりはじめ平常に戻っていった。

「そうだ。それでいい」
そう言い残しヴァリスは去って行った。

どさり、と気が抜けたように、ヴィンセントは席に腰を下ろす。

情けないが、蛇に睨まれたカエルの気持ちがわかった様な気がした。


渡されたコードで、定期シャトルへと乗り込み向かった先は、静止軌道に複数浮かぶ企業系居住人工衛星群のひとつ<ルカ・ファウンデーション>と呼ばれるところだった。よくみられる疑似重力を生み出す巨大なタンデムリング状の居住区画が複数連結された一般的なファウンデーションだ。

『ようこそ、ルカへ』

ゲートを越えると視野上のインフォメーション・アレイに、広告と観光案内が飛び込んでくる。

エントランスからシフターに乗り込み、行先データを入力。シフターはヴィンセントを指示通りの場所へと滑りだす。道中、シフターのヴァーチャライザがルカの景観イメージともに主要施設のインフォメーションを流してくれた。もっとも多分に企業広告が含まれていたが。
ステーションポートからターミナル・シャフトを通って居住区画へ。シャフトからローカルバイパスへ移りR2-D12-33ユニットブロックへ、ヴァリスから渡されたマップデータに従い辿りついたのは宇宙活動のライセンス・スクールだった。

ルカ・アストロライセンズ・スクールと言う名のその施設は、曝露空間での作業から緊急時におけるサバイバル訓練、第一種一般宇宙船舶の操縦までの訓練、技術、ライセンス取得を目的とする民間教育施設。いわゆる専門学校である。

ヴァリスにつれてこられる以前、ヴィンセントも通っていたことがある。

エントランスに入ると、視野にインフォメーションが表示される。

ヴァリスから渡されたカードにある指示通りの手順ししたがって手続きを行い、カードにあった社会保障コードを入力すると、案内が出た。手続きはこれで完了らしい。

『当スクールにようこそ。ヴィンセント・ベルファインさん。あなたの入学を当スクールは心から歓迎いたします』

こうして、彼の新しい生活はスタートした。

ヴィンセントは与えられた単位スケジュール通りに講義、実習に参加した。それしかすることがなかった。思いもつかなかったというのが正しいかもしれない。ヴァリスから与えられた指示書には、期限を順守せよとあり、学習単位と習熟期間が割り振られた。それは厳格なものではなかったが、あまり、融通、余裕があるように組まれたものではなく、真面目に指示通りに取り組まなければ、こなすべき事項がどんどんと増えてゆくのだ。

ヴァリスはヴィンセントの限界を見切っているかのようだ。スケジュールは彼の力量が計算されて組まれていて、怠慢できるほど甘いものではない。

その講義、実習を受ける中で、ヴィンセントは彼の過去を知る人物との再開を果す。


<to be continued>

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2010/10/02 22:00
|「おまえにはそこへ行く以外の選択肢は許されない」ヴィンセントは胸が熱くなるのを感じた。

熱くなるのは『胸』でいいんでしょうか?
通常この表現で連想される感情は《感動》だと思いますが。この解釈で合っていますでしょうか?(個人の感想なので、他の方が同じ感想を持ちとは限りません)
《怒り》とか《恥辱》だったら「頬が熱くなる」の方が適切かと思います。(個人の感想なので、…以下略)



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