フェアリング・サーガ<序>
- カテゴリ:自作小説
- 2010/09/28 23:38:50
<序>
一度は手放した命。
そして、拾われた命。
借り物の時間の中で生き続ける意味とは。
それは誰がために。
自らのため?
誰かのために?
何かを守るために?
しかし、この世界で生き残るためには戦い続けるしかない。
嵐が来そうな空模様だった。吹きすさぶ風は冷たい。ヴィンセントは家路を急いだ。
≪ヴィンセント。妹さんが来てますよ≫
エントランス入ると、ホームドメインの管理システムが、報告してきた。
しかし、彼に妹など居ないのだ。ルームメイトのバーノンのいたずらだろうか。いつかなど、彼の架空の家族をでっちあげ、セキュルティを出し抜き、バンドメンバーを連れ込み、パーティをしていたこともある。それを思い出して、ヴィンセントはため息をついた。しかし今日はアルバイトが入っていたはずだが。
その彼の妹の現在位置は<在室>となっている。いま彼の部屋にいるのはその一人だけの様だが、当てにはならない。
「誰なんだ。バーノンの仕業なんだろ?」
玄関を開けやや諦めた言葉を投げると、居間へと通ずるドアが開いた。
「遅かったな」と、彼の前に少女が現れる。
絹の様に肩へとまっすぐに流れ落ちる白い髪。圧倒されるような鋭い眼光を放つ蒼穹なる瞳。切り上がった目尻がそれをさらに際立たせている。その容姿はホロフォトグラフの様にあの時のまま全く相変わりなかった。
「ヴァリス!」その唐突な訪問者にヴィンセントは驚いた。
見違えることはない。一度その顔を、眼差しに射ぬかれたら、そう簡単に忘れられるものではなかった。それは威圧、ある種の恐怖を含みながらも、惹き付ける魅力をも持ち合わせていた。
「いったいどうして、なぜここに?」
「おまえを迎えに来た」
「それは―――」と、ヴィンセントはたじろぐ。
「忘れたのか、わたしとの契約を」
一瞬、思考が停止する。
その言葉は、記憶の彼方に追いやった忌まわしき過去を呼覚ます。
忘れることなどできない。払拭できぬ事実。
「行くぞ。ついてこい」と、ヴァリスは彼を無視して部屋を出て行こうとする。
「そんな急には―――」
「持っていけるものは無い。また持っていくべきものもなにもない。ここにおまえは存在しなかったのだ。記録はすべて抹消済みだ。事後処理も完了している。したがって準備すべき事項は存在しない」
そう言われてヴィンセントは、ホームドメインの反応が消えていることに気がついた。
「いったい何を」
「おまえの活動範囲における第三レベル以上のおまえに関する記録を消去した。そして、アンチメモリアライズされているいま、おまえは認知できない存在だ。ヴィンセント。おまえをヴィンセントと認知できる存在は、今現在この場おいて私だけだ」
「それはいったい―――」
「行くぞ」
ヴァリスは毅然とした態度でその言葉をさえぎり、部屋を出ようとすると、そこにバーノンが帰ってきた。
「バーノン!」と、ヴィンセント。
「誰だ、あんた」
バーノンは彼に視線を向けるも、感心なさそうに自室に入ろうとする。
「ふざけるなよ。おれだ。ヴィンセントだ。二人して悪い冗談だ」
しかし、バーノンは彼を無視し、部屋へ消える。
ヴィンセントは茫然と立ち尽くすしかなかった。
「わかっただろう。未練など無意味だ。さあ行くぞ」
ヴィンセントはヴァリスの後に続き、しばし暮らした部屋の扉を静かに閉じた。
<to be continued>
物語の核をなすものの予感があります。