「青春地獄篇」1
- カテゴリ:日記
- 2010/09/17 00:17:15
序章
「なに、己に来いというのだな。―どこへ―どこへ来いと? 奈落へ来い。炎熱地獄へ来い。―誰だ。そう言う貴様は。―貴様は誰だ。―誰だと思ったら」「誰だと思ったら―うん、貴様だな。己も貴様だろうと思っていた。なに迎えに来たと?だから来い。奈落へ来い。奈落には― 己の娘が待っている」
「待っているから、この車へ乗って、奈落へ来い―」
芥川龍之介「地獄変」より
〈私には、もうひとり、神の存在のような私がいた〉
出現の章
一、
暮れもおし詰まった、師走の、雪の降るある寒い日のことであった。
私の家に二人の女がやってきた。
一人は四十がらみの、和服姿の似合った、小料理屋の女将といった風の女で、薄化粧をした細面の顔からは、どことなく、成熟した女の色香が漂い、もう一人の女は、齢のころは十七八で、容姿からいってその女将の娘にまちがいなかった。
居間でくつろいでいる私の所へ、二人の女を伴って現れたいつになく機嫌のいい父は、私の肩を叩きながら云った。
「和美、こちらは新しくお前のお母さんになられる方だ、御挨拶しなさい」
私はソファーから立ち上がって二人の女を見た。あまりにも突然のことだったので、何んの心の準備もしていなかった私は、どのような態度をとっていいのか分からなかった。
挨拶をすれば心の整理もつかぬまま、父の一方的な決め事を認めてしまう事になる。
とまどっている私を見て、女は助け舟を出してくれた。
「和美さんですか。お父様から和美さんのお話は常々伺っておりましたが、ここでこのような形でお逢いするとは思ってもおりませんでした。お父様は和美さんに私たち母娘のことを、ひとことも話されてらっしゃらないということもお訊きしております。お父様はあのように申されましたが、私はあなたさまに直接お逢いして、ご了解を得なければ、再婚の御返事はいたしかねますと申しあげました。それが筋というものでございましょう」
私は娘の方を見た。
何か自分が悪いことをしているかのように、俯いて身を硬くさせている娘が、私はいじらしく思えた。