Nicotto Town



ウラシマ少女(サークル:自作小説倶楽部お題)

ウラシマ少女 {副題:自作9月/ 月(つき)}

 
ヘルメットバイザに表示された生命維持システムがグリーンランプであることを確認し、エアロックの開閉ボタンを押した。

音なく開いた三重隔壁ドアの向こうは、完全真空の曝露空間。

その先に、ぴんと張りながらも、決してはためくことのない旗が立っている。

数世紀前に掲げられた、今は亡き国の旗。

この月面に降り立った人類が遺した世界遺産。

それは今もアポロ記念公園のメインモニュメントとして鎮座していた。

私は待ち合わせ場所にしたその場所で彼が来るのを待った。しかし、待ち合わせ時間を過ぎても彼は現れなかった。

数分後、携帯情報端末のアラームが鳴る。

その方角の地平の彼方から、蒼穹の耀きが現れる。

地球の出。

私達の故郷の星。

今日、ここで、私はその耀きを見ておきたかった。できれば、彼と一緒に。

もう二度と彼とは会えないだろうから。

私の両親は、宇宙飛行士と宇宙船のエンジニアだった。ここ数年は月での勤務だったのだが、とうとう外縁勤務が決まってしまった。

それは、太陽系から出て、長い長い航海に出ることを意味する。

もちろん、私は生きて帰ってこれないわけではないし、(私達にとっては)数年という期間だけれど。

しかしそれは、コールドスリープと亜光速飛行で航行を続ける私達にとっての時間。

その間に地球の時間では百数十年というが経過してしまう。

これが、宇宙に出た人類の宿命。相対性理論の副産物。

それは昔話に例えられ、ウラシマ効果などと呼ばれている。

つまり、私は二度と「今」を生きる人々のもとには帰っては来られないのだ。

だから、その前にお別れを言うつもりだった。

言う機会はたくさんあったはずなのに、うやむやに先延ばしにしてきてしまった。

だから、今日こそは、と思ったのだけれど。

また、携帯端末のアラームがなった。

彼からのメール。急用ができて来られなくなってしまった。という内容だった。
両親の転勤が決まるまでは、他愛のない内容に過ぎないものだったのに、今となっては告別も同じだ。

急に頬を涙が伝った。

私はその場を一人後にした。
結局メールの返信はできなかった。




なぜか、ここに来ると懐かしい気になる。

過ごしたのは僅かに数年だったというのに。

月の様子はだいぶ変わってしまっていたけれど、ここはまだかつてのままだ。

アポロ記念公園の星条旗広場に私は出た。

遥か昔、約束した日々を思い出す。

初めて彼に会ったのもこの場所だった。

確か、広場の片隅で地面を掘り返していた。

私は記憶にあるその場所へと行ってみる。

何をしているの?と聞いたら、世界遺産を作るんだ、彼はと答えた。

月面には大気がない。風雨による浸食はない。あるとすれば、曝露部の温度変化と絶えず降り注ぐ宇宙線だが、完全密閉のカプセルを埋めれば何世紀だって大丈夫なはずだ。と力説してくれたあの日の光景を思い出す。

確か、この場所だ。

そう思う場所に目印らしき石を見つける。

私は掘ってみることにする。そんなに深くはなかったはずだ。

数分掘るとカプセルがみつかった。

中に入っていたのは、永久記憶媒体のメモリーカード。

私はそれを宇宙服の端子につないで再生してみる。

テキスト・データやらグラフィック/ムービー・データやらが乱雑に収められたそれは、世界遺産と言うより、まるで個人データのメモリ・アーカイヴのようだ。

その最も新しい更新日時の最後の記録を見て私は驚いた。その日付は私が月を発った一週間後の日付になっていた。そしてそのファイル名が私宛だったからだ。

それを再生し終えた私は、ただ涙するしかなかった。

そこに記録されていたのは、彼の私に対する想いが赤裸々につづられたものだったからだ。

私はその想いを告げることはできなかった。

その結末を最初から知っていたからだ。

裏切ったのは私の方だった。怖くて自分自身にさえも偽るしかなかったのだから。

事実を隠して、その想いを踏みにじってしまった臆病な私は卑怯者だ。

涙でぼやける地平の彼方から、青い地球が昇った。

END.

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2010/09/21 01:06
しみじみしつつ、ちょっと『ほしのこえ』を思い出してしまったり。

もっとみっちり、心のひだと宇宙の情景を見てみたかったな〜、と感じました。
文字数の制限が勿体ないな〜、と思ってしまいます。
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2010/09/18 20:54
拝読しました。
急ぎ足、ごめんなさい。
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2010/09/18 13:44
現在言語をつかう生物は人間、鯨類、十姉妹がわかっています。十姉妹はここ二百年、人間に飼われているうちに、外敵に襲われる心配がなくなり、いかにして雌を口説くか。というセレナーデを発達させるうちに言語を獲得したというのです。恋物語が物語全体の主体となるのは当然のことでしょう。SFも純文学といったジャンルは、カレーライスもチャーハンもベースは米といったニュアンス。

なかなか良い具合にできていると思いますよ。
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2010/09/09 23:18
抒情的ないい話だと思います。

『私』は『彼』と出会ったときから、自分がいつか両親について『外縁』に行くことを知っていたのでしょうか?
当時『私』が何歳だったかは書かれていませんが、一人で月に残る事ができないくらいには幼く、あらかじめそれを知らされるくらいには大人だったのでしょうね。
(だから『卑怯者』なのでしょうね、たぶん)


ところで、枝葉末節で『?』な事がいくつか。

(メモリーカード自体は半永久的に持つでしょうが、再生デバイスはどれくらいの帰還語感があるのでしょう?)
(月は常に同じ面を地球に向けているので、「地球の出」が見られるのは、かなり限られた範囲だそうですが……アポロの着陸地点って、その範囲でしたっけ?)
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2010/09/06 00:00
これは切ない、、、、、、。
「今」に二度と戻れないと言う事実。
二度と戻れないのに、色褪せない記録が残されている。
彼氏はなんてにくいことをしてくれたんだ、、、、、。

地球の出、と言う言葉に、物凄くハッとさせられました。
場所が違えば見えるものも当然違うのは当たり前なのに、
さりげなく、でもはっきりと「地球では無い場所にいる」と言う実感が一瞬で広がりました。
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2010/09/05 23:40
>ルティマさん。
コメントありがとうございます。

ハッピーエンドも考えたのですが、浦島太郎の話はよく考えるとあまり最後ではなかったので、未来版浦島太郎ということで、こんな感じにしてみました。
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2010/09/05 23:36
>BENクーさん。
コメントありがとうございます。

そうですね。確かに音の無い月面と言うのは少しさびしい世界かもしれませんね。
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2010/09/05 15:22
とても切ないお話ですね。
なんだか月がとても寂しいところだと感じました。
地球外で生活する人の切ない部分がすごく伝わってきました。
いつか来る将来はこんな感じになるのかな。と思いながら読ませていただきました。
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2010/09/05 00:46
切なさいっぱいの物語で、音の無い空間たる月という存在がより虚しさを増す材料になっていると感じました。

こんな時代がやってくると思うと・・・私自身も切ない思いになりそうでした!



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