Nicotto Town


ドリーム・バー 「デスシャドウ」


春谷探偵物語 第1巻「序章~始まりは殺人~」7

 「ただいま帰りま・・・・・。」
 「バカモン!今まで、何処をほっつき歩いとったんだ!」
 谷本が事務所のドアを開けた瞬間に老人は怒鳴り声をあげた。
 「スイマセン先生!  警部と会っていたものですから・・・・。」
 「そんなもん、言い訳にならんわい!」
 ここは四条河原町にある古ビルの三階。裏通りにあるので、見逃してしまいそうなビル郡の一角に大村探偵事務所があった。谷本はここで見習いをしているのだ。そして、先程から彼に向かって怒鳴っているのが、この事務所の責任者であり、探偵である大村 神一だった。健康な体つきから七十二歳の老人とは想像も出来ない様な風格を持っている。その人物が、剣幕を立てて怒鳴っているのだから、聞いている本人は溜まったものじゃない。
 「で、警部に何を頼まれたんじゃ?」
 ようやく大村の地獄の説教も終わったらしい。ソファーに腰を掛け、煙草の火を灯しながら谷本に聞いてきた。
 「実は今日、東寺で殺人事件があったのはご存じですか?」
 「ああ、夕方のニュースで流れていたな。」
 「その、害者が京都で何をしていたか、調べて欲しいそうです。情報は後ほどファック スで・・・・。ん、丁度来たようです。」
 電話のベルが鳴り、ファックスが音を立て始めた。
 「出ました。害者の名前は山岡 総一郎 四十八歳、東京都新宿区で山岡宝石店を経営、 自宅は同区内の高級マンション。奥さんと子供の三人暮らし。死因は青酸性毒物による窒息死、死亡推定時刻は21日の13時頃。家族には昨日、仕事に行くと出かけたきりだったそうです。東寺東門近くの饅頭屋で12時前後に目撃される。最後のは写真ですね。」
 谷本はファックス用紙を大村に渡した。用紙を眺めていた老人の顔がサッと変わった。
 「この男は・・・・・。」
 「ん、どうしたんですか先生。 何か、顔色が悪いですよ?」
 大村の様子に気づいたのか、谷本が声を掛けた。が、老人はボーッと写真を見ている。
 「先生ってば・・・・・・。どうしたんですか、一体?」
 谷本は大村の身体を揺すって聞いた。老人は一瞬ビクッとなり、谷本の方を見た。
 「あ・・・・ん・・・・。あっ、い、いや、何でもないんだ。」
 「どうしたんですか?写真を見たまま先生、呆けてましたよ。」
 「そうかい?」
 「全く、おかしな先生だな。 大丈夫ですか?」
 「バカモン! お前と違ってまだボケとらんわい。 それよりも、この依頼。少々、厄介な事になりそうじゃの。」
 「厄介って?」
 「まあ、いいわ。それよりも、今日はもう良いぞ。お前も大分疲れとるようじゃしな。」
 突然、掌をを返した様に大村は顔を爽快にして言った。谷は呆気に取られてしまった。
 「はあ。」
 「明日は、いつも通りの8時・・・・、いや10時に来てくれ。」
 「10時ですか・・・・。」
 「で、少し早いが・・・・・。ほれ、今月分の給料じゃ。」
 「有り難うございます。」
 彼が給料袋を受け取ってボーッと立っていると、大村が催促した。
 「ほらほら、帰った帰った。」
 「じ、じゃあ、失礼します・・・・・。」
 谷本は荷物を持って一目散に自宅に帰って行った。これが大村 神一を見た最後の瞬間(じかん)だったとは彼は知る由もなかった。

 彼の住んでいる家は京都駅近くのマンションだ。しかも実家から数十メートルしか離れていない所にある。勿論、一人暮らしだ。谷本は帰ってすぐベットに寝転がった。いつもなら給料が入ると真っ先に金額を調べ、使い道の計画をするのだが、今日は違っていた。
 「写真を見た先生の顔、いつもと違っていたな。何かに驚いた表情だった。一体、どう したと言うんだろう。 まさか、害者を知ってたりして・・・・・・・・。」

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