Nicotto Town


ドリーム・バー 「デスシャドウ」


春谷探偵物語 第1巻「序章~始まりは殺人~」5

 「いらっしゃいませ。 あっ、小田さん。お久しぶりです。」
 すっかり顔なじみになった店員が声を掛けてくれた。
 「また、お世話になります。そうそう、今日は連れがいるんだ。」
 「こんにちわ。」
 太田は軽く礼をした。
 「へぇー、もてないお前が女を連れてくるなんて珍しいよな。」
 と言って厨房から出てきたのは、小田の親友、久保であった。
 「久しぶりだな! 小田。」
 「よう!2年ぶりの再会だよ。」
 「2年もこっちに来なくて、何やってたんだよ。」
 「仕事が相変わらず忙しくてね。」
 「あのう、この人は?」
 太田は後ろからためらいながら聞いた。
 「ああ、僕の高校時代の親友で、久保って言うんだ。このレストランのオーナーシェフで、高知の味を生かして作るフランス料理は絶品だよ。ただ、腕が落ちてなければの話だけどね。」
 「おいおい、それはないだろう!」
 「すまん、すまん。それよりも何か作ってくれよ。腹が減って仕方がない。」
 「だったらさっさと座ってメニューを見てから注文してくれ。でないと何もできない。」
 「ああ、そうさせて貰うよ。」
 二人は椅子に座り、メニューを見た。数分間二人は相談していたが、やがて決まったらしく、小田が叫んだ。
 「久保、Aコースを2人前で頼むよ。」
 「分かりました。しかし、珍しいな。貧乏金無しのお前がコース料理を注文するなんて。 今日は本当に珍しいことばかりだよ。」
 久保はブツブツと文句を言いながらも楽しそうに作り始めていった。
 「別に何を注文したっていいじゃないか!  所で、頼み事って一体なんでしょう?」
 小田は丁度ウエイターが持ってきた水のグラスを片手に聞いた。
 「はい、信じて貰えるかどうかは分かりませんが・・・・・。実は私、ある人に命を狙われているんです。」
 「へぇ、また何で?」
 「理由は色々とありまして・・・・・。」
 「警察には行かれたのですか?」
 「いいえ、行ってません。と、いうより警察沙汰にはしたくないんです。」
 「で、僕にどうしろと言うのですか?」
 「私のボディーガードをやって貰いたいのです。勿論、タダとは言いません。依頼料として百万円を差し上げます。」
 太田が百万と言ったとき、正直言って彼は悩んでしまった。余りにも突拍子な事だったので断ろうと思っていたからだ。しかし、癖が出たのであろうか。自分が貧乏カメラマンということは自覚しているつもりだ。だが、百万という金額は余りにも大金過ぎる。小田はチラリと太田を見た。彼女はウソを言っている様には見えない。むしろ真剣に俺の目を見ている。とても心配そうな目だ。少しビクビクしているのか、肩の辺りを震わせている。
これは、引き受けてもいいんではないか、という考えが頭の中に浮かんだ。
 「分かりました。お引き受けしましょう。」
 彼がそう言うと、彼女は安堵の表情を浮かべた。
 「但し、条件が一つあります。」
 「何でしようか?」
 彼女は顔を近づけて問いかけた。とても心配そうな表情だ。
 「僕はこの高知に仕事で来ています。だから、こっちのスケジュール通りに行動して貰いたいのです。これが条件です。」
 「・・・・・・・、分かりました。こちらも無理にお願いしていますから・・・・・。」
 「OK、決まりました。それでは僕らは何か関係を作らないといけないな。」
 「関係ですか?」
 「そう。ボディーガードだったら、なんか変でしょ。」
 「それなら恋人同士じゃどうかな。」
 フイに後ろから声が聞こえたので、彼は慌てて振り返った。
 「御免、聞くつもりじゃなかったんだが、ついつい耳に入ってきたんだ。」
 久保はコック帽を取りながら言い訳をした。
 「恋人同士か、いいね、それで行こう。 太田さんもそれで良いですよね。」
 「うーん、まあ良いわ。」
 「じゃあ、決まりだ。  ん、丁度料理が来たようです。」
 二人の前に前菜が置かれた。鰹をマリネ風に仕上げたものだ。
 「乾杯しましょうか?」
 彼女は白ワインを片手にそう言った。
 「いいね。」
 「俺が注いでやるよ。」
 久保は太田からワインを受け取ると、コルクを抜きグラスに注いだ。
 「乾杯。」
 「二人の愛の為に。」
 小田がそう言ったので、太田は笑いながら答えた。
 「これはお芝居よ。でも、いいわ。」
 「じゃあ、あらためて、乾杯。」
 グラスが弾けるように店内に響き渡っていった。外には星が瞬いていて、明日も晴れるぞと言っている様であった。

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