司馬史観
- カテゴリ:日記
- 2010/08/30 08:52:42
一部マニアの間で、嘲笑的に使われていた言葉に、
マスコミが市民権を与え、一人歩きを始めてしまったものに「司馬史観」があります。
司馬遼太郎の歴史観を、唯物史観になぞらえて、高く価値付けしたものです。
私は司馬遼太郎のファンでも、アンチでもありません。
ただ、手順を踏み、精緻な調査を繰り返す研究者らの苦言が、
脳裏に残っています。
彼が残した功罪で、
功を、私達が歴史に親しむことを開眼させた、とするならば、
罪は、歴史の解釈を安易に歪め、
郷土史家達に根拠のない資料を与え、
世間に事実とは異なる固定観念を植え付けてしまった、となるのでしょう。
最近では、バラエティーの分野にも実証主義が定着してきましたから
いづれ、この罪の影響は薄まると期待します。
彼の自宅が記念館となり、東大阪市に残っています。
安藤忠雄設計の資料館では、彼の残した蔵書の一部が公開されています。
これを見て、驚きました。
オリジナル(一次史料)と呼べるものが、一切ないのです。
「○○全集」とか「△△集成」の類ばかりが、堆く積まれています。
取材ノートも、感想のみに終始しています。
ある歴史家の言葉が思い出されます。
「司馬遼太郎?
彼は詩人だよ。」
ルネッサンス末期に百科全書派が精彩を欠き始め、
戦後、小林秀雄が過去の人と扱われたのと同じ時代の節目を、
ここ東大阪で、感じることが出来ます。
では、また。。
?^^;
「館」じゃなくて「観」ですね><;
ふ~~ん。。
僕は、歴史上のキャラクターを使った物語って、記憶が混乱するので、あまり読みません。
それなら、真偽は後で考えるとして、日記とか、書状とか、嘆願書といった、
膨大なデーターをひたすら読むほうが好きですし、楽です。。^^;
物語で、一々、これは、何に基づいた話題なんだろう?とか、何の伏線か?
なんて、考えるのって面倒臭いんで。。^^;
でも、楽しみ方なんて、人それぞれなんで、
他人様が、何を楽しんでいようと、とやかく言う気もありません。^^
「安土献立」前後の逸話も、木曾義仲洛中入城時の混乱をもじった物語なんかと混ぜて、
面白おかしく、作り上げたものだと、勝手に思っています。
“みやこびと”とは、たとえ魔王信長であっても、味覚を試すものなんだなんて、
一部の旧家では、真しやかに語り継がれています。。
彼の食道楽を含めて好きだよ
う~ん
今のように
「歴史小説」と「時代小説」
に分化されていなかったころに
「時代小説」を書いたってことかなぁ?
「歴史小説」
過去に存在した事件・人物を元にほぼ史実に即したストーリーを書く
どちらかと言うと 純文学的な感じ
「時代小説」
過去に実存したかもしれない場所、実存した人物を使って
史実とは違った展開のストーリーにする
いわゆるエンタメかな
吉川栄治・池波正太郎はこちら側だよ
サルが信長のわらじを懐で温めた
と言うのは 小説家の創造の賜物だよなぁ
森欄丸がいてサルと
実に信長は幅が広い
信長が家康を安土城に招いて宴会をしたときのメニューが
「安土献立」として残っていて
最初は秀光が用意したんだけど
信長が下見に来て 気にそぐわぬことがあって
役目を別な人に変えてしまう
面目を失った光秀は 2週間後に
本能寺で信長を自害に追い込んだ
秀光が謀反を起こしたのは
実は食い物の恨みだった
って
こういう話 好きなんだけどなぁ
大衆派でいかにも俗物な二イロだよ~
すみません。。^^
お耳汚しです。。><。。
ミヨー知ってるんだったら、ゴーとセットでしょ~~^^
こんなもの、あげるよ。。\(^▽^)/。。
すぐ生えてくるから~~www
後でまたもう一度読ませて頂きに来ます。
俺・・・々さんの頭を借りたい~~~
オリジナル(一次史料)ってのは、生データってことだよ。。^^
司馬さんの資料館にあるのは、誰かの手垢のついた、二次史料ばっかなんですよ~~。。
よくも、これで、いい加減なことが言えたな~~って、ある意味、尊敬しちゃいます。
いやいや。。ww
りっちゃんは、その衣装だけで完璧な秘書だよ。。^^
料理本なら、エスコフィエの料理本とか、ゴーとミヨーの解説本とか持ってるよ。
フランス語分かんないんで、飾ってるだけだけど。。^^;
「本物」を置いてあるのをあまり見た事が無い様な^^;
司馬さんが料理の本を書いたんじゃなくてね
俺が料理の本を読むってだけなの~~~
書き方が悪くて…ごめんちゃい;;
秘書失格だぁ~~え~~~んえ~~~ん;;
どさくさに紛れた、何でもありの時代でしたからね。。^^
そんな時代でも、私はコツコツと実証を重ねられていた方々を、尊敬します。
物語とすれば、楽しいですね。。^^
司馬が活躍した時代は、まだまだ講談の流を汲んでいて、柴田錬三郎らと同様、
歴史小説には事実なんて意味なかったですもの。
歴史小説に、事実が重要性を持ち始めたのは、隆慶一郎以降と私は認識しています。
司馬さんって、料理関係の本なんて書いてんだぁ~~@@
知らなかった。
固有名詞は実在するけど、役回りはファンタジーって考えて読めば、楽しいよ。
司馬の小説は事実の裏づけがないって肝に銘じていれば、大した害もないし。。^^
歴史の連続性が途切れるなんて、ありえませんものね。
私は、人間は人間から生まれたものと信じています。
突然、岩の割れ目などから人間が生まれたなんて、信じられません。
戦後の一時期、日教組を中心に日本中を闊歩した、サンシモン的平等主義の成れの果てでしょうね。^^
コメントありがとうございます。
司馬さんの小説を、フィクションとして読むのは楽しいですね。
ファンタジーに溢れてますもの。。^^
ファンタジーの世界から、現実の世界に戻るのは大変みたいですね。
歴史観も小説としてみればいいような~
彼の60年代の小説は全部読みました
でも、綿密さは有名ですよね^^
でも、読まない~
なんとなく読まない~~!
料理の本は読むけど(*^_^*)
資料館って名がつくとこには、できればオリジナルや本人のものがあって欲しいけど
最近はどこでも、復元とかが多く展示されててちょっとガッカリ;;
せっかく宮沢賢治館まで行ったのに復刻ものが多くて残念だった~~
それにしても々さんって知識が盛りだくさん!
だから、コーヒーも沢山飲んだんだね^^(爆笑
というのも「司馬史観」の1つでしたよね。
ぼくは司馬遼太郎の本を純粋に楽しんでいますが、
このことだけが、どうしても理解できないんですよね。。。
反戦一本槍世代、かつ、○日新聞出身、ということもあるのでしょうか。
ぼくは司馬ファンです
彼の俯瞰する眼は ぼくにとって 大きな影響を与えていますよ^^
思想や哲学ではなく
事実を ありのままに 見つめたい と思う
他者から見れば 非現実的な行動かもしれない・・・
実証主義ではなく これは ぼくの信念です(笑)
々々は 賢い人だ^^