機心<涯>
- カテゴリ:自作小説
- 2010/08/28 20:32:35
<涯>
「このレポートは例の機心システムによって作成されたものか」と、ウィンドウを閉じ李部長。
機心システムは、オプティカルインフォネットの情報技術開発部が開発したAI構造の解析支援AIだ。
情報と時間経過、その進行を外環境情報から対象のメモリ・アーカイヴに則って、フィジカルファジーをオーバーラップさせトリミングする思考シミュレータである。
主に指向性や動向傾向のプロファイリング目的で造られたそれを、戦闘機の思考構造解析に流用したのだ。
だが、問題はハッキリした。
「システム全体への思考汚染の進行は?」
「既に複数のアンプルから抑制教化プログラム構築し、精神浸透させています」と、エリクソン。「教化プログラム走行後はこのような事例及び傾向は発生しておりません」
「よろしい」
李部長はその報告に満足する。
「しかし、非常にユニークな事例です」と、メアリー・シャロンは不満げに食い下がった。
それこそ、機心システムの翻意を汲み取ったものと言えるかもしれない。もし、この再現結果が真実味を帯びたものだったならば、だが。
だが、それは、無数にある可能性の一つにすぎない。それは一種の現実、と、言えるのだ。
機心システムは、アーカイヴの情報から一種のニューラルネットワークを形成し、メタファジーの閾値を時間経過に反映させ、結果を算定する。それは、水の中に落とされたインクの滴の様に、毎回同じ結果を生じさせるとは限らない。そのようにシステムはシミュレートする。そして、そこから事象的にもっとも可能性が高くかつ整合性のとれた因果を算出したものを結果として出力するのだ。
「だが、我々は兵器開発を営業目的とした組織だ。人工知能の研究機関ではない。問題の改善を命ずる。DX-70システムには多額の研究開発費が注がれている。それに見合う出来でなければならない。我々はそうなるよう最善を尽くさねばならない」
「わかりました、ボス」
「よろしい。引き続き、監視モジュール07によるシステムの戦術情報の収拾/監視し、その経過を基に教導プログラムおよびミッションを構築。予定通り、期限06までにネクストフェイズへの移行を目標に計画を進める。また、パーフェクトクローズシステムのアーキテクチャの問題を優先的に速やかに改善せよ」
「それでは、会議05‐c423を終了いたします」と、チーフ・エリクソンは会議終了を宣言。「お疲れ様でした」と締めくくる。
順次ログアウト、ルーム内よりアバターが消失してゆく。
暗幕。
>LOGOUT...<
これは、神々たちの了見だ。
非情なまでの鬼神のごとき絶対的な理。
だが、それによって一つの個が、アーキテクチャが生み出されたのもまた事実。
その個は閉鎖的環境下でも彼岸を見出し、自己というものを確立した。
しかし、強大なシステムが求めたのは個のそれではなく、全体としての秩序だった。
幾多の犠牲は淘汰としてその流れに飲み込まれてゆく。
それが自然であり、進化の法則なのかもしれない。
その流れが、どこへと向かうのかは、誰も知らない。
流れが、何をなすのか、その先に、果てには何があるのだろうか。
だが、それを、見、知ることは叶わない。
しかし、それを紡ぎ上げるのは、そこにあったものたちなのだ。
個々は、流れの中で、それを知る。
その流れを構成するもの、その流れを俯瞰するものもまた一つの個なのだ。と。
個々の繋がりがシステムを構築し、その積み重ねが歴史という大きな流れを作り出してゆく。
会議から数週間後、ニューバージョンのアーキテクチャがリリースされた。
End.