Nicotto Town


フリージア


叶わぬ願いはもういらない…8

 「あんたの解説ね、なんで全然当たらないんだよ。やりにくくてしょうがないよ、苦笑い何回したと思ってんだ」
 「あんたがね、もっとフォローしないからでしょ」
 「うるせーよ、あんな笑えないダジャレを放送網に乗せやがって、このポンコツ」
 「何言ってるんですか、私のダジャレはおもしろいんです。ラジオを聞いている人は腹を抱えて笑ってますよ」
 「笑ってねーよ」
 「なんだと!」
 二人はこの調子で小競合いを始めた。
 みんな徐々に二人に近づき、止めるタイミングを計っていた。が、アナウンサーが殴りかかろうとしたので神田と友人とで止めに入る。
 神田がアナウンサーを止め、殴ることは無かったが口喧嘩は終わらなかった。
 
 「あんた何年解説してるんだよ」
 「十八年ですよ文句ありますか」
 「十八年もやってるんだったらな、もうちょっと予想を当てろよ、このバーコード眼鏡!」
 「あっ言いましたね。バーコードのことは言ってもいい、ハゲてることを言うのは許しましょう。ですがね、この眼鏡をけなすことだけは絶対に許さない!」
 「なんだよ、そのダッセー眼鏡」
 「これはね、これはね、私の妻が、私の妻が結婚記念日にプレゼントしてくれた物なんですよ!」
 解説者の内村は眼鏡を取りアナウンサーに見せる。
 「なんだ、こんなもん」
 アナウンサーは眼鏡を叩く。眼鏡は無残にも地に転がった。
 「あー!」
 内村は泣きながら眼鏡を拾う。優しく、極優しく眼鏡についた砂を払い落とす。
 「眼鏡をはたいちゃダメでしょ」
 神田は勇敢にも仲裁し始めた。神田は何かと頼りになる男だった。
 「だって、こいつむかつくんだもん」
 内村はまだ泣いている。眼鏡を、愛する妻のように扱っているのがよく分かる。それほどこの眼鏡のプレゼントは嬉しかったのだろう。
 「ほら、すごく泣いてるよ」
 「もう仲直りしようよ。アナウンサーさんも謝って」
 実況はすねた顔を見せつつも、悪い事をしたと反省しているみたいだ。口を尖がらせて謝った。
 「・・・・ごめん・・・・」
 「ほらね、謝ったんだから仲直りの握手しようよ」
 喧嘩をしていた二人は、渋々握手に応じた。神田と傍観していた僕たちは仲直りさせた事に満足して良かったと胸をなでおろした。
 二人は握手をする。だが、内村は力を入れて握手したらしい。
 「いててて・・・・このやろー」。
 内村はまだ根に持っていたようだ、二人はまた小競り合いを始める。
 「このこのこのー、私の愛の結晶をなんだと思っているんだ!」

 僕はあきれた顔でルミを見た。心配そうに騒動を見ているルミの横顔はもちろんあの時のままだった。

 「いい大人が何やってんだろうね」
 そう、ルミに言うような独り言を言うと、ルミがそれに応えてきた。
 「成二も止めに行ったら?」
 「え?」
 ルミは確かに成二と言った。まだ苗字の本宮としか話していないのに、僕のことを名前で言った、それも少しなれた感じで。
 僕は昔の付き合っていた頃と錯覚して、すぐにその不自然さに気が付かなかった。暫くして不自然さに気が付いても松原に名前を聞いたのかもと考えた。それにしても僕の知っているルミが初対面でこんな馴れ馴れしいわけが無かった。
 そんなこと考えも及ばなかった、自分以外に時間が戻っていた人間がいたなんて、こんな可能性があるのか?僕は聞いてはいけないことを聞いてしまおうとしていた。
 「…もしかして…ルミも…ルミも過去に戻ってきたのか?」




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