創作小説「次期王の花嫁」10
- カテゴリ:自作小説
- 2010/08/16 00:06:53
「平行世界シリーズ」
第10話
コセラーナに送られて宿に戻ったクーデノムだが、マキセはまだ帰ってきていなかった。奴らの警備だの取り調べだのとまだつかまっているらしい。
軽そうな印象を与える彼も、結構律儀な性格をしているのを知っている。
クーデノムは大きく息を吐いてベッドに仰向けに寝転んだ。
安宿のクッションの悪いベッドでも、重力に従って身体が引っ張られ沈み込む感覚。
「…疲れた」
小さく呟き、意味もなく天井の木目を見つめる。
自分のやりたいことが判らない。
立場上、やるべきことは判っているのに。
『自由にしていいよ』
その言葉の重さが双肩にのしかかる。
判っているつもりでいた、頭の中では。
しかしそれは机上の空論でしかなく、問題を目前にして迷っている。
先の見えない未来はどうやって選ぶべきものなのか。
幾度目かの溜息をついた時、廊下を歩く聞き慣れたリズムの足音が扉の前で一端止まり、軽く叩いて開いた。
「疲れた~」
と多少大袈裟に疲れた素振りを見せながら、そのまま空いているベッドに沈み込む。
「あいつらやかましいのなんのって。ルクウートの奴に押しつけて帰ってきた」
ひとしきり愚痴をこぼして転がっているクーデノムを見る。
「で、クーは何悩んでんの?」
「……自由な未来について」
「…それは哲学的ですね」
もぞもぞとマキセが動く気配がして突然クーデノムのベッドがきしみ揺れた。
マキセが座ったせいだ。
「クーはもっとわがままになっていいと思うよ」
「? 俺は結構わがままだと思うけど」
「人のためにすることはわがままとは言いません」
断言され押し黙った。
その様子を上から見下ろしてマキセは微笑を浮かべる。
仕事上、人の意見を見聞きし、何らかの結論を出した後、それを実行すべく王宮の各部署に難題をふっかけることは少なくなかった。
しかしそれは自分のためではない。
「選ぶものすら何もない、真っ白な自由は…寂しいだけだよ」
改まったマキセの呟きに、クーデノムは視線を上げた。背を向けているためマキセの表情は見えなかった。
感情のこもらない淡々とした口調は、逆に想いの強さを示していた。
『一度、総てを無くした事がある』
詳しくは知らないマキセの過去。
「まだ時間はある。急いで答えを出さなくてもいいなら、じっくり悩め」
「明日、ルクウートを発つらしい」
「それでもいきなり婚約者じゃなく、友達や恋人から始めても良いんじゃないか?」
相手はまだ若いんだし、と軽く言うマキセにクーデノムは笑みを浮かべた。
「そうですね」
今すぐ決めろとは誰も言っていないのだから。
ようやく笑みを見せた親友にマキセは満足顔で立ち上がり、自分のベッドへ入り込む。
「今日は本当、疲れた。さっさと寝ましょう」
しかし、
「ここに…こんなのがあったりするのですが……」
クーデノムの言葉に振り向くと、いつの間にか一本の瓶を手にして微笑む彼の姿。
リサニル産の幻の果酒。送ってもらった別れ際にコセラーナから差し入れされた一品。
一瞬、動きを止めたマキセは仕方なさそうなフリをして再び起き上がった。
「こうなりゃ、とことん付き合いましょう」
注がれた淡い水色の液体。グラスを受け取ると、二人は景気よく飲み干した。
翌日。
チラリと視界の端に捉えた動きにペンを持つ手を止め、顔を上げた。
先程から何も変わらない一室。
後処理のため与えられた小さな部屋でクスイ国の重臣が3人、書類整理に追われている。
「クーデノム様、どうされました?」
その様子に気付いた上司ハイニが声をかけてくる。
「いえ…ちょっと抜けてもよろしいですか?」
「えぇ、こちらは大丈夫ですので気にせずに」
穏やかなハイニの言葉に甘えることにしてクーデノムはペンを机上に置いて立ち上がった。
「ありがとうございます」
例を言って部屋から辞したクーデノムは中庭へと足を向ける。
視界に捉えたのは金の残影。
綺麗に整備された緑が陽射しを浴びて青々と輝く中、戸惑った様子で座り込んでいる彼女の後姿を見つけた。
第10話をお届けです。
全12話なので、あと2回ですね。
もう少しお付き合いくださいませ。
ようやく最終話もUPしました。
のんびりと楽しんで頂けたら幸いですっv