Nicotto Town


「時のかけら」


創作小説 夏の幻影(後篇)

夏の幻影 (後編)  P.Nはじめあき


 ――しかし、現実は違った。
 十年経っても容姿的にも何も変わらない彼を、皆が不気味がってきた。
 会合に出ても同年代の者は隠居を始め会わなくなり、新参者がコソコソと話を始める。
『不老不死の命を手に入れたとか言ってるらしい』
『とうとうボケ出したんじゃないのか?』『高齢のくせに無理して、自分を認めさす為に言いふらしてるだけだろ』
『ああはなりたくないね』
 
家や会社に戻るといい歳をしてまだ若社長と呼ばれている息子が皮肉気に話し掛ける。
『お父さんもいい加減、全権を私に譲ったらどうですか?』
『あなたの暴言のせいで、私の信用まで揺らいでいくんですよ』
 40過ぎの息子は彼を邪魔者扱いにしてきた。
『あなたが上で好き放題している時に、私は一人で会社の社員の心をまとめ上げたんです。もう、誰もあなたの言うことを聞きませんよ』
 不正取引の証拠もきっちりと息子が握り、表へ出ないように管理していたのも総て息子だった。
 誰も[不老不死]は欲しがるが、現実にそれがあるとは思わないし、信じない。
 ただの人にとっての永遠の夢なのだ。決して現実に受け止めない。
 年老いた彼に着くよりもまだ先の長い息子にと、今まで寄って来ていた者達は彼の元を去り始め、90歳になる頃には会社経営から全て手を引かされ、容姿が変わらない彼を見せないようにと、世間から隔離されるように生活を強いられた。
 老いない身体を不気味がられ、使用人からも避けられるようになった。
 何の為に不老不死になったのか。
 今までに何ども権威を復興させようとしたが、息子に懐柔されてしまった者は戻らない。誰も[不老不死]を信じない。どんな言葉で言おうが気が狂っているとしか思われず、ますます人を遠ざけてしまった。
 怪しい研究室の奴等もやって来たが、血を抜いて行ったきり、何の音沙汰もない。業を煮やしてこちらから連絡を取っても門前払いにされた。
『調べてみても普通の人と変わりない。気が狂ってるだけだな』
 そう言い捨てられた言葉。
 100歳を越え、ひとり寂しい毎日。
 自分には何もなかった。
 毒を飲んでも翌日にはきれいに体内で消化され翌日には目覚める。
 数日、飯を食べなくても何ともなく、手首を切ってもすぐ回復してしまう。
 誰にも振り向かれなくなった現実。ただ生きていることが苦痛になった。
 しかし[不老不死]の身体は死んではくれない。どれだけ傷つけても奇跡の生還を果たしてくれる。
 気が狂う毎日。
 そんな日をどれだけ過ごしたのか判らないが、気がつけばぼーっとしている自分がいた。
 何かを待っている自分がここにいた。
 そして今日―― 
「あんたが声をかけてきて、全てを思い出したよ」
 お爺さんは笑みを浮かべながら言う。
「そう、ある日を境にずっと待っておった。あの青年を」
[不老不死]を与えてくれた青年を。静かにお爺さんの話に耳を傾けていた若者は、    
足元に伸びてきた人影に気づいて顔を上げた。
話が終わるのを待っていたかのように、目前には若い一人の男が立っていた。
 
いつの間にか人通りも消え、夜道を照らす街灯が周辺を照らしていた。
「……お久し振りですね」
 笑顔で声をかけてきた彼にお爺さんは涙を流し始めた。
「じゃあ、この人があの……」
 二十歳前くらいの色の白い青年。
 空気に溶け込んでしまいそうな雰囲気を持った不思議な青年だった。
「もう、いいんですか?」
 青年の言葉に声を出さずに何度も頷いた老人。無表情に差し出された掌を老人は躊躇なく重ねた。その瞬間、目前で老人の姿は急速に老いていき、消えた。
 
驚く自分に青年は微笑する。
「止まった時が動いただけです」
 数十年という歳月が一瞬で老人の肉体を駆け抜け、本来の塵になって消えただけだと。
 さっきまで確かに老人が居た場所を信じられない思いで凝視していると、
「……みんな、消えていく……」
 
泣き出しそうな青年の呟きが耳に届き、ハッと顔を上げた。
 
しかし、その場所に人影はもうなかった。
 
誰もいない公園にひとり。
 
薄闇だけが目前に広がっていた。

 
それでも。セミの鳴き声と共に。しっかりと記憶に刻み込まれた出来事。
 
逢魔ヶ刻に見た幻影。
 
また、いつかきっと。
 
淋しい瞳をした青年と会える気がしていた。


                            
      【END】 





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