創作小説「夏の幻影(前篇)」
- カテゴリ:自作小説
- 2010/07/15 23:20:29
夏の幻影 前編 P.Nはじめあき
夏休みの終わり。
まだまだセミがうるさく暑さを訴える夕刻。
通るたびに公園のベンチにいつも座っているお爺さんを今日も見つけた。
何をするまでもなく、ぼーっと一日をそこで過ごしている。
人通りがある場所で、誰かを待っているような、だれかに見つけて欲しいような感じでずっと座り続けている。
夏休みに入ってから毎日のように通る公園沿いの道で、気になり始めてから1ヶ月。
思い切って話し掛けてみた。
「いつもここにいて、待ち合わせでもしてるんですか?」
お爺さんはハっとして顔をあげたが、僕の顔を見てがっかりしたようにため息をつき、少し自嘲の笑みを浮かべた。
「ある人が通るのを待っているんだ」
再び人の流れに目を向ける。なんとなく立ち去るタイミングを逃し、側で一緒に眺めているとお爺さんは話し掛けてきた。
「今日はなんだか気分がいい。少し昔話に付き合ってくれるかね」
そう言ったお爺さんの顔は、雰囲気から感じ取っていたよりも随分若々しいものだった。
別に今日はこれといった用事もなく、このまま家に帰る気分にもなれなかったので彼の話に付き合うことにした。
「いいですよ」
と、ベンチの隣に座ると彼は嬉しそうに微笑んだ。
「もう、あれから数十年が経ったんだ……」ゆっくりと情景を思い浮かべるようにして、彼は話し出した。
会社経営は波に乗り大企業と呼ばれ、将来性も有望と言われる程にまで一代で築き上げた。
富も地位も欲しいまま。金で簡単に動いてくれる議員も数知れず、何の不自由もない生活にどっぷり浸っていたのは60歳になるかならないかの頃。
上層部連中の仲間入りを果たし、秘密の会合などに出入りをするようになった時に、あるウワサを聞いた。
『現実に不老不死の体になる方法があるそうですよ』
老い先短い者が大半を占める会合、不気味な研究まで密かに行っている者までいるとヒソヒソ話が耳に流れてくる現状で、誰もが夢を見てしまう[不老不死]の身体。
彼もその話に大変興味を持った一人だった。
『ある人に会ってお願いをすればしてもらえるそうだが、まぁ会えるのは奇跡だね』
どんな奴かも判らない。全く情報のない中で不老不死を授かるためにその人物を捜し出すには不可能だという。
ほんの少しの夢を与える夢物語以外のなにものでもないウワサ話。
そう思っていたはずだったのに…。
ある日、目前に青年がいた。外界から切り離されたような錯覚を感じさせる不思議さを持つ、若い青年だった。
どうやって現れたのかも判らない。突然現れたのか、それとも普通に歩いて通りがかりだったのかもしれない。
とにかく一目見て何かを感じ、青年も彼の視線に少々驚き、微笑んだ。
「イノチヲサズケヨウ」
青年の手のひらから出現した輝く球体が身体の中に入っていった。
その日からだんだん老いて体力がなくなっていこうとしていた身体が変わらなくなった。 これが話に聞いていたものなのかと半信半疑のまま5年が経った。
あれから体力の衰えは全く感じないまま過ごし、会社も順調に伸び、不自由のない生活が続いている。
ケガをしても通常の者よりもだいぶん早く治癒していく。病院の先生にも驚かれる程の回復力だった。
10年経って、ようやく確信する事ができた。
「私はあの時に[不老不死]になったんだ」
不思議な青年から不老不死の命を貰ったのだ。
この先ずっと、権力と地位を欲しいままにやっていくことができる。
そう思っていた。皆、私を羨んでひれ伏すだろう、と。
――しかし、現実は違った。
後編につづく