■近代文藝之研究｜研究｜囚はれたる文藝　第十一(２)

明白なる理想は、知識に入るものなればなり。其の他快樂的といひ、女性的といひ、神秘的といひ初心的といふが如きは、すべて知識の明確以外、感情の自由なる天地に出でんとする傾向の變形たるを見る。更に之れに多感的傾向も加はり來たる〓(「こと」の合略仮名)あるべく、超自然的傾向も馳せ參ずる〓(「こと」の合略仮名)あるべく、往古的傾向も來たらば拒む〓(「こと」の合略仮名)なかるべし。此等の一切を總括するものは情趣主義なり。
更に繰り返して之れを思ふ、文藝は囚はれたり。十九世紀の後半に於いて遂に精力非凡なる知識の爲めに囚はれたり、追い越されたり。我はミューズの壇前に霊火を焚いて、囚はれたる文藝の爲めに義軍を擧ぐるものゝ意を諒とす。
今の文藝は一旦、全く知識の羈約より切り放たるべし。而して其の放浪する所は情の大海なるべし。情の海より搖れ來たる千波萬波は、斷えず我が胸の岸邊にそゝろの音を立つれども、彼方の岸は究むべからず。今の文藝は先づ此の海に入りて自由を得よ、其の垢を洗へよ。」



--------------------
＊註１：明白なる理想は
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

＊註２：知識
「識」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shiki.jpg

＊註３：神秘的
「神」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。

＊註４：感情・情趣・情
「情」の正字体。「月」は「円」。

＊註５：更に
「更」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sara.jpg

＊註６：來たる〓・參ずる〓・拒む〓
「〓」は「こと」合略仮名。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/gouryaku_koto.jpg

＊註７：返し
「返」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

＊註８：文藝
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

＊註９：世紀
「紀」の俗字(か？)。「糸」＋「已」。

＊註10：後半
「半」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/han.jpg

＊註11：遂に
「遂」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sui.jpg

＊註12：精力
「精」の正字体。旁の「青」の「月」は「円」。

＊註13：追い
「追」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

＊註14：壇前
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg

＊註15：全く
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg

＊註16：羈約
「羈」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ki_tsunagu.jpg

＊註17：放浪する所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

＊註18：大海・情の海
「海」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kai_umi.jpg

＊註19：そゝろの音
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg

--------------------
■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月（滝太郎）著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1