KOTOBANOOMOMI
- カテゴリ:日記
- 2010/06/01 10:04:10
他人のブログをよく読んでいる。
レスに書いてあることもよく読んでいる。
ほんの一部の話だし、全部がそうとは思わないでいただきたいが、
アマ~い言葉しか書いてないレス(たまに本文も)
をよく見かける。
そういう人のブログを見てくると、いかにも当然、といった感じの
飾り付けの多い、すごく見栄えする言葉ばかりだったりする。
うがった見方かもしれないが、言葉が甘くとも中身はどうだろうかね。
やわらかくて見栄えがいい言葉を使い気持ちよくさせてお金をいただく。
ホストじゃないんだし、厳しい言葉の一つも出てこないのかね?
人間の出来上がったという僧侶でさえ、人をしかり、時に嘆き、思いを怒鳴る。
ましてやわれわれは、ってやつだな。
雲の上に乗るような甘い言葉ばかりでは、地に足がつくほどの重みはない。
私、多分「用心深さ」を通り越して「臆病」だわ(苦笑)
>「一番いい物を選ぶ」のではなく「一番”悪い部分が少ない”物を選ぶ」のはどうでしょう。
その「悪い部分が少ない部分」を「自分の性質」で乗り越えられるか?もしくは消化できるか?という観点でいつも検証しているんです。
一概に「悪い部分が少ない」のを選択すれば良いってもんじゃないし・・・。
確かに「等高線間隔が長い道」は険しくない道だと思うし、私に合っている。
しかし、今の世の中の動きで、「そういう行動が通じる時代になっているのか?」ですごく悩んでいます。
まぁ、これも自分の甘さが招いた結果なんですが^^;
いかんいかんww人生相談になってしもうた^^;
具体的な事は割愛するので、相談するつもりはないんだけど、ヒントとなるレスをしてくれて有り難う。^^*
まぁ、頑張ってベソかきながら乗り越えるつもりだから!
ずれている、という認識の下、そうやってかけることを非常にうらやましい。
うれしい、とか悔しいって方が先だな(笑)。
人は、未来を想像し、照らしながら進む能力を持っている、と確信します。
少し別の話を書きましょう。
私は、旅行が好きで以前は毎年京都に自転車で出かけていました。
数人で一緒に行ったこともありますが、私一人で行くことがほとんどでした。
夜、暗闇の中を走ります。夏とはいえ山道は車も通らない真っ暗闇になることはしばしば。
そんな中を、自転車のライトひとつを頼りに走るわけです。
これって人生に似てませんかね。目の前の物事はみいだせるのに、周りのことは見えない、
そしてずーっと先は真っ暗で想像もつかない。
人は、想像するときにまずいいことから想像するそうです。
「次善の策」という言葉があります。
これは戦国時代の言葉ですが、指令を出すときに、どんな指令にもデメリットがある。
ではどれを選ぶか、ということなんですよね。
「一番いい物を選ぶ」のではなく「一番”悪い部分が少ない”物を選ぶ」のはどうでしょう。
旅行中、道を選ぶ基準って言うのがあります。
それは「等高線間隔が長い道を選ぶ」ことなんですね。
地図で、等高線の間隔が短いところは、厳しい坂なんですよ。
でも、時にはそういうところを選んでおく必要があります。
たとえ厳しい坂でも、走っている時間を短縮しなくてはいけない場合、ですね。
選択ってのはそういうものじゃないでしょうか。
あ、余談ですが、急坂には裏技があります。これは体力勝負になりますが。
担いで走れ!!(笑)
ここの内容はブログでのことで、私はもっと違うところだから、レスがズレていくのは許してください。
結論から書かせてもらうと「私は甘い!!何をやっても甘い!」
最近、人生の岐路に立たされていて、2つの選択肢が私の目の前にあります。
その片方の道を選んだ場合のそれぞれのリスク、もう一つ追加で2つのオイシイ所を選んだ場合のリスクの自分を脳内でシュミレーションするとね・・・全然上手くいかない自分像が浮かび上がるの。どの道をとってもね。^^;
今、それを補う(正確には補った自分をシュミレーションする)為に自分にとって有益な情報を集めているんだけど。・・・・これをやっている作業の途中でも「自分は甘いんじゃないか」って思う。
まだ「成功するか失敗するか」結論も出ていないのにね、あれこれとウジウジ悩んでいて、「臆病な自分」も出てくる訳なんです。この「臆病になっている」ところもまた「甘い」。
で、いつの間にか「目的」がズレていっているんだよね^^;「自己実現」から「自己追求」に・・・。
「明確な『言葉(思い)』が見つからなくなって、人生迷い舟!いっそのこと『ギャンブル(賭博ではない『例え』です)で行こうか!賽ふって「A」がでたらそっちに行こうか」ってな気持ちになったり・・・・。
「貴重な自分の人生じゃん!!そんなに乱暴に決められるか!!!」という気持ちになったり・・・。
ただ書ける事は「よほど頭のいい人とそういうオーラーを持ってないかぎり、常に人生とは『自分の甘さを痛感する所』だよな」と思わざるを得ない事ばかり起きる。
だから私が常に発している「言葉」は「いつも甘い」んです。
本当にブログの内容とズレたレスで、ごめんなさい^^;
自分の「琴線」にグっときたブログだったから、中々レスできなかった。
軽い言葉は言ったあとに嫌な気分になるので、自分が思ったことしか言えないのが
私自身の短所でもあり、長所でもあります。
自分の身の丈にあった言葉を選んでいない人は多いかと思います。
自分に対してのプライドなど見栄などをもっているからでしょうね。
でも、甘い言葉ばかりでは。いつか本当につまずいてしまいます。
言葉の重さや責任をもってほしいものだと思います。
自分が努力するから相手に求めたら相手もそれに対して「自分は出来ない」なんて
あまりにも理不尽すぎます。求めるなら、返すのがコミュニケーションというものなのではないでしょうか?
まぁ。もっとも、矛盾したことをしゃぁしゃぁと言う人が最近のところ多いみたいで
それに悩まされている自分も居ます。
ひさびさのコメントでした。
この日記にレスが付いているとは思ってなかった(苦笑)。
>ミユさん
言葉の重みに振り回されるのは、誰でもあります。
悪いのは振り回される人だけとは限りませんよ。
どんな言葉を言ったとしても、自分の言葉なんだから、相手に伝わらないこともあります。
思う言葉とほしい言葉が違うときがあるってのは、そのとおりだと思います。
こちらこそ、よろしくです。
>kaito♪さん
厳しい言葉を言い続けるのは、確かに難しいでしょう。
でもね、近所の頑固じじいを思い出してみ?じじいは、子供が好きだから
相手(子供)が敬遠してもうるさかった。
大人のずるさってやつは、必要です。
頑固じじいは、ほんの数人しかいないでしょ?
その数人の中に入っておく必要は、たいていの人にはないと思います。
俺は必要だから厳しいことを言うだけです(笑)。
これからもよろしくです。
その人の為に厳しく言えるっていうのはよっぽど信頼しないと無理だよぉ
信頼関係なくして厳しく言ったらただの嫌な人?になりかねないよぉ
とりあえず厳しくなっても信頼できるような関係を築くまでは
あまりストレートにはいわないかなぁ
これが大人のずるさってやつでしょうか^^?
どーでもいい人に厳しくいって体力使うのもったいないとおもうし
その人を見極めるまではおとなしく観察するっていうか
キャラにもよるるかなぁ┐(  ̄ー ̄)┌
では、ホステスじゃないので
これからは諒さんには厳しくいきます
よろしくお願いします(笑)
(ふりまわされる、わたしが悪いのですけどね・・・)
わたしが発したい言葉なのか?他の人は どんな言葉がほしいのか悩んでしまいます・・・
今日頑張れる優しい言葉がほしい時もあり、これから頑張れる厳しい言葉が欲しい時もあります。
時に厳しい言葉も必要だとは思います^^
人によって、思う言葉と欲しい言葉が違う時があるのかもしれません?
違ってたらすいませんm(_ _)m これからもよろしくおねがいします^^