【『侵されざる者』(ダイアモンド)】(承前)‐2
- カテゴリ:自作小説
- 2008/10/22 22:12:34
少女は、リュックを胸に抱えるようにしながら、中を探り、分厚いファイルを取り出した。「お母さん」と呼ばれた女性が、それを受け取り、中を開いた。色あせたインデックスに書かれた記号を、慎重に読んで行く。
やがて、
「そうね。これは違うわね」
そう言うと、ファイルを閉じて、傍らに置く。
「これだけ?他には無かったの?」
「うん…あったけど」
再び、リュックの中を探る。
「これも違うと思う。念のため、見る?」
差し出されたもう一冊のファイルを、同じように調べる。
新しいパンの袋を破りながら、少女が言う。
「他にはそれらしいファイルはなかったから…媒体が紙でなかったら別だけど」
「それはないと思うわ。少なくとも、所長が管理していたのだったら。あの人、デジタルメディアの保存性に信頼を置いていなかったから。…バックアップは取ってあったかもしれないけど、一次資料は、必ず紙に記録することになっていたもの」
「…ほろんへ?」
口の中にパンを頬張ったまま、少女が尋ねる。保存性、と言ったらしい。
「再現性、と言った方がいいかもね。紙だったら、破れても張り合わせれば読むことができるけど、デジタルメディアが破損したら、全体がぱぁ。そもそも、再生装置と、電源の両方が生きていないとただの「もの」になってしまうから、って」
「…じゃあ、その点では、その所長さんって人、先見の明があったわけだ」
建物が崩壊するほどの地震で、電子的な記録は、媒体も、再生装置も、かなりのダメージを被っている。電気の供給も断たれて久しい。
「どちらにしろ、わたしたちに役立つ資料が残ってなければ、同じなんだけどね」
「あ……そうだったね。……どうしようか?」
「どうしようか、って……二三日時間をちょうだい。このファイル、調べてみるから」
「……いいけど、明日から五時起きでしょ?そんな時間、あるの?」
「ああ、そうだったわねえ…まあ、なんとかするわ」
そう言って、「娘」の頭をくしゃっと撫でる。
「またそうやってコドモ扱いするぅ。来月にはもう十八になるっていうのに」
「だって、コドモでしょうに。どう見たって」
少女の身長は、「母親」の胸の位置にも届かなかった。その事実を指摘されて、少女が軽くむくれる。
「それに、あなたは、紛れもなく私が産んだんだから、その意味でも、子どもだわ」
「それはまあ、そうだけど…なんか、ズルイ」
「いつでもコドモ扱いできるのは、親の特権よ。今日は疲れただろうから、早く寝なさいね」
「まだ眠くはないけど……そうする」
椅子を滑り降りて、寝室の方へ行く「娘」の後ろ姿を見ながら、「母親」が小さく溜め息をついた。
そして、ファイルをぼんやりとめくりながら、かつての自分に思いを馳せた。
大崩壊したらデジタルデータは約に立たない・・・。
紙は偉大ですねw。
どんな展開になるのか楽しみ♪