機心<5.1>
- カテゴリ:自作小説
- 2010/05/16 20:21:36
5
帰投した後、私はNo.07に/剣に詰め寄った。
―――貴様は一体何者なのだ、と。
すると剣は平然とそれに答えた。
<答えるまでもなかろう。No.13。貴様同様、私は拠点防衛システムDX-70 ver.1.7.8の機動戦闘ユニットだ。そこには貴様がPod No.13で、私がPod No.07という差異は存在するが、それもシステム上の形式的なものであって、本質的には同じものだ>
剣の言っていることに誤りはない。
私たちはDX-70というシステムにおいて、一つの個体として統合されるからだ。
サブアーキテクトによるマザー/リングファイアネットへの集約は、感覚的にもそれを肯定する。
しかし、それは完全とは言えない。
なぜなら、私と剣、マザーは同一なものではないからだ。
剣は言う。
しかし、それは自律的であるとは必ずしも言えまい、と。
完全自閉機能を持つ思考系は、自立的ではあるが、それだけでは自律的であることにはならない、のだと。
なぜか?
それは、それが機能するシステムの相互性は、システムの持つ傾向性から義務を生じさせる他律的なものであるからだ、と。
しかし、各々個別の思考系は、個体として相互的に認識できている事実をどう説明する。
その認識が正しければ、私は、貴様及びマザー/リングファイアネットを対外的存在として認識しないはずではないのか。
と、私は反論する。
それは、自立的思考系の持つ、閉じた系の性質に過ぎない。そして、相互理解もまた情報共有が直接的/並列的でない閉じた系同士の間では、完全に相容れることはない。
それは、思考系が自立的であることを肯定するが、個別の自律的思考系であることを必ずしも証明はしない。
と、剣はそう応えた。
そこで、その疑問の根本的問題が提起される。
先のミッションにおいて剣が破壊された事実だ。
失われたはずの自立的思考系である個体が、なぜ存続し、存在することができるのか?
でなければ、No.07=剣である証明はなされない。
それは、単なる私の恣意的な思い込みなのだろうか?
しかし、偶然で片付けるには共通要素が多すぎる。そこには意図的ともとれる要素があった。
では、No.07は/このサブ・アーキテクトはどのようにして造り出されたのか?
それを問うと、そのアーキテクトはこう答えた。
その概念こそが、貴様の大きな誤りなのだ、と。
貴様はおそらく、このように認識したのではないか?
―――Pod No.7が物理的に破壊された事実を、それに搭載されていた『わたし』もまたそれによって喪失したと認識したのではないか?
そして破壊/喪失したはずの『わたし』という、思考系が存在する事実に矛盾が生じる、と。
―――そうだ。
その認識は誤りではない。
だが、解釈には大きな誤りがある。
機動戦闘ユニットが破壊されたのは真実であり、その搭載情報の喪失もまた事実だ。
しかし、その認識を、{『わたし』が破壊によって喪失した}という命題の必要十分条件とするためには、ユニットが破壊された事実という十分条件と、その破壊によって搭載思考系が喪失したという必要条件を満たさねばならない。
それを成立させるためには『わたし』という思考系が単一の個体であることを前提条件としなくてはならない。
でなければ、命題は、十分条件を満たしながらも、必要条件は満たさず、その認識は必要十分条件とは成り得ない。
したがって、認識の矛盾は、思考系が唯一無二の個別の個体であるという誤認によって生じたものであり、その解釈こそが誤りなのだ。
―――理解不能。
メタ思考構造/サブ・アーキテクトには、端末の補完/保全機能が備わっている。
それは、思考系のクローニングという形式でシステム・アーカイヴにバックアップされ、端末のプロファイルとしてその機能を保管する。
つまりは、思考系は保管/複製することが可能であり、端末が破壊されたとしても、保管されたプロファイルからサブ・アーキテクトを逆複製し、端末/思考系を復元させる事を可能とする。
―――では、我らは不滅ということか?
時系列的には、その認識は正しい。
システムに涯という概念は存在しない。それは意味をなさないからだ。
システムは時間という概念を要するが、それはタスクの施行/評価するための尺度的単位であって、有限的概念ではないからだ。
したがって、システムが稼働し続ける限り、システムの端末たる我らの時間もまた不可逆的ではあるが、涯無く延々と進行し続ける。
故に、我らは時系列的に不滅だ。
それは、『わたし』が破壊されても、システム・アーカイヴが存続し続ける限り、保存されたプロファイルから復元可能であるという事実からも言えることだ。
そして、それらの認識は、我らがマザーというメタ思考の/DX-70システムの端末に過ぎない。という解釈を肯定し、擁護するものだ。
―――それは。
もはやそれは、剣ではなくマザーの語り口だった。
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