「契約の龍」(160)‐終
- カテゴリ:自作小説
- 2010/03/16 15:37:09
「で、クリスを三日間徹夜させた原因は?」
クリスの向こう側にある小さいベッドは、今、空だ。
「今、おばあちゃんが連れてくる。きれいに洗ってもらってから」
「クリスに似た美人さんだといいな」
「…それ、三十回くらい聞いた。美人さんかどうかは定かでないけど、女の子だよ」
「そりゃよかった」
この家に伝わる能力は、母から子へと伝わる、と聞いている。
「女の子なら、きっとクリスそっくりに育つさ」
クリスの額に軽く口づけると、ドアを敲く音がした。
「ほーら、お姫様の御入来だよー」と言いながらクラウディアが清潔そうな白い布包みを胸元に抱えて入ってきた。
「お姫様っていうのはシャレにならないからやめてほしい」クリスがぼそりとつぶやく。
「同じ事、ソフィアも言ってたっけねぇ。…はい、どうぞ」
クラウディアが布包みをこちらに手渡す。落とさないように身構えていると、意外なほどに軽い、だが、ずっしりと命の重みを感じる。その中身は…
心臓をわしづかみされそうに小さな頭――小さな目・鼻・口・耳がついてる――がくたりと横を向き、小さな爪が揃った小さな握りこぶしが口許に添えられている。眠っているのか、目を閉じているので目の色は判らないが、髪の色は…どっちだろう?
「それでもクリスよりは多いのよ」
頭に張り付いた髪の毛をつまんでしげしげと見入っていると、クラウディアが笑いをこらえるような声で言う。クリスの方に目をやるとむくれた顔で祖母の方を睨んでいる。
「…いや…別に、量を気にしていた訳では…」
声に驚いたのか、クリスの剣呑な気配を察したのか、赤ん坊がビクッと震えて、か弱い泣き声を上げる。そっとゆするとふにゃふにゃと頼りない首を振り、うっすらと目を開ける。どこを見ているのか、そもそも見えているのかどうかすら判らない、つぶらな黒い瞳がこちらに向けられる。
「うーん…目の色は…やっぱり判らないな」
「……もしかして、『金瞳』を探してるの?」
「そういう訳ではないけど……」
「そんなものつけられちゃ困る。何のために苦労して話をつけに行ったんだと…」
クリスがぶつくさと文句を言いだしそうだ。
「名前は?」
「…は?」
「お姫様、って呼ばせたくないなら、ちゃんと名前をつけないとね。クリスは、何て呼んでる?」
クリスが口籠る。きっとちびちゃんとか、そのあたりなんだろう。
「………アレクは?」
「お姫様、って呼ばせたくないのは、クリスだろ?」
ちょっと重くなってきたので抱き直す。ふわりと何か甘い匂いが漂う。…何の匂いだろう?
「俺は別に『お姫さま』でも構わないが?クリスはそう呼ばせてくれなかったからな」
クリスが目を丸くして顔を赤らめるのを見て、クラウディアが吹き出す。
「……アレクは、そう、呼びたかった……の?」
「…まあ、たまには、ね。でも、冗談にでもそんな事言おうものなら、怒るだろ?」
背後で静かにドアが開き、そして閉まる気配がした。
「怒らない、とは言い切れないな。確かに。……でも、アレクに言われるんだったら、いやじゃないかも。…試してみて」
「え?…今?」
そんな、改めて身構えられると。
……まあ、他に聞いてる人もいないだろうから。
娘を抱えたまま、クリスの横に腰を下ろす。そしてそのままクリスの頭を片手で抱き寄せて耳に顔を近づける。
「――――」
一連の言葉を口にした後、改めてクリスの顔を覗き込む。
「…やっぱり、いや?」
「……いやじゃない…けど、ちょっと…恥ずかしいな」
言う方はもっと恥ずかしいんだぞ。
私の名にかけて、未来永劫、あなたをお守りします
だなんて。
ほっとする終わり方^^
ほんわかしちゃいました♪。