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■近代文藝之研究|研究|藝術と實生活の…(31)

■近代文藝之研究|研究|藝術と實生活の界に横たはる一線|七 (6)

今一つの批難は樋口龍峡氏が他的同情を以て人間に限るものと見たことである。吾人の考へる所では、我々の情は必ずして對手が人間である場合にのみ流れ出でて先方へ附着するものではない。禽獸草木に對しても、將又全く無生なる摸樣、色彩等に對しても同情する。峯の頂に一本立つてゐる松の樹、元來は非情のものであるが、我が之に對すると、其の色や形の、空に拔んでた地位干繋や、乃至之れが風を宿し日を含む光景や、其の枝に止まつた鳥の心持や其の樹下に憩ふ人の心持やが相寄つて、件の松の樹が本來有するかとも思はれる一種の情を我が心内に組み立てる。而してそれが移つて松の樹に附着すると、其の松が生きた松の樹になる。別に松を人化したのでなく、松自然の生が我に味はゝれるやうに感ずる。またドイツのアインフユールングの論者も言ふ如く、例へば均整の形をした摸樣があるとすれば、其の均整は我が心作用の均整の方面と感通して、先方の均整な模樣に我が心の均整から生ずる一種快適な情が乘り移り、さながら均整な線條色彩が生きた本自の情を持つてゐる如く感ぜられる。之れも他的同情であらう。



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*註1:今一つの批難は
「難」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/nan.jpg

*註2:樋口龍峡
「樋」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「峡」の旧字体。「山+夾」。
樋口龍峡は本名・樋口秀雄(1875年〜1929年)、明治・大正期の評論家。

*註3:他的同情・我々の情・同情する・元來は非情・一種の情・情が乘り移り・本自の情
「情」の正字体。「月」は「円」。

*註4:考へる所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註5:將又全く
「又」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mata.jpg
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg

*註6:色彩等に對しても・線條色彩
「彩」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sai_irodori.jpg

*註7:空に拔んでた
「空」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sora.jpg

*註8:我が心内に
「内」の旧字体。「冂(=エンガマエ)」+「入」。

*註9:アインフユールング
ドイツ語の「Einfuhrung」(最初の"u"はダイエレシス付き)。「導入」「輸入」「入門」「案内」等の意味があるが、具体的にどういう人が「アインフユールングの論者」でどのような主義・主張なのかは不明。

*註10:論者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註11:方面と感通
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註12:均整な模樣
「摸樣」は他の部分では「摸」の字を当てているが、ここでは「模」となっている。明らかな誤植とはいえないので原本のままとした。

*註13:一種快適な
「適」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

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http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html




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